講演「『生きている』と『生きる』を考える」、講師:中村桂子氏
5月26日(金)の夜、上記講演会に行ってきました。銀座教文館9階のウェンライトホールは初めてでしたが、ホールというよりサロンの雰囲気です。席を探していると前方に既に石井支部長が座っていらっしゃいました。埼玉支部のメンバーも次々に・・・。先日の「埼玉支部の集い」で石原さんに紹介していただいた結果でしょう。
 中村講師は高名な生命科学者ですが、「難しいことを分り易く」話されたのはもちろん、講師の人間的な世界観そのものに説得力があり、共感と感銘を覚えました。
 スクリーンいっぱいに扇形の図が映し出されました。中村講師の「生命誌(Biohistory)絵巻」です。扇の要(カナメ)は38億年前のひとつの細胞(DNA)です。広がった端にあるのは現存するあらゆる生き物です。すなわち、現存する生き物は全て先祖をたどるとその要の1点に行きつくのです。人もゴキブリもバクテリアも。蟻1匹を殺すということは、この38億年続いた命の線を絶つことなのです。しかし私達は生き物を食します。命をいただいて生きます。「いただきます」には、そうした意味があるのです。
 科学技術と生命を相対的に比較します。科学技術は便利さを追求します。早く均一なものを。一方、生命は時間を必要とします。途中手抜きはできません。思い通りには育ちません。しかし、思いがけないものが出来る面白味があります。
科学技術が自然を破壊すると、自然の一部である生命・ヒト(身体・心・時)を破壊することになります。(今の社会現象を連想します。)21世紀は科学技術万能の世界から脱却し、生き物としての人間を取り戻すルネッサンスと提唱されます。
日本の国民性は、自然を征服するでもなく、自然を神として恐れるでもなく、自然を自然よりも自然らしくつくってその中で安らかに生きようという性質をもっている。その世界観を今こそ大切にし、自信をもって世界に広めたい考え方です。
では、タイトルの「生きている」と「生きる」とは。講師のレジメを引用します。生命誌の世界で人間が生きていくということは「『いのち」と『こころ』』が大切」、「それを動詞で考えると『生きている』と『生きる』になります。みな生きていますし、生きようとしています。」
講師が大学で化学を専攻された動機は、高校時代の素敵な化学の教師(女性)だそうです。いま、若い人の科学離れが問題になっていますが、特に女子高生にこの講師のお話を聞かせたいと思いました。もちろん、ぅん十年後の女子高生もこの夜は充分刺激を受けて、満足して帰途につきました。